プロフィール

「こうら」のプロフィール


大学センター試験、

英語のリスニングテスト《14点》の僕が、
毎日、家での会話が全部《英語》に。


はじめまして。
「こーらら」です。

 

以下、簡単なぼくの概要です。

出身地埼玉県
年齢27歳
血液型O型
職業メーカー営業
現在の住処埼玉県→オーストラリア移住計画中
好きなことアウトドア、アニメ、漫画
嫌いなこと人混み、スーツ、人目を気にすること
家族妻1人


現在日本で社会人5年目になります。
日本の社会人生活から抜け出したくて、
現在オーストラリアのサブ配偶者ビザ取得。

 

来春にはオーストラリアのメルボルンに移住予定です。

 

そして、


オーストラリア郊外の一軒家で
妻と自然と犬や猫に囲まれて

のんびり穏やかに暮らす


これを今目標にしています。

 

でも、昔のぼくは、こんな海外移住をする環境や状況には、いなかったのです。
数年で人生は変わります。

 

簡単にぼくの過去話だけさせてください。

 

高校時代:毎日が楽しくない生活

 

埼玉で生まれて、
すぐ地方の広島の田舎に引越し、
高校時代は小中の流れでサッカー部。

 

しかし、頭が良くない僕は、戦術的な考えが求められる母校の高校サッカーが苦手だったのを覚えてます。。

 

毎日したくもない辛い練習、
チームメイトの顔色を伺う毎日。
正直かなり窮屈でした。

 

全てが縛られている
自由のない生活が嫌で、

当時住んでいた田舎から東京の大学に逃げました。

 

今思えば、高校時代の辛さのおかげで
その環境から抜け出せたと思うと、
最終的には、感謝です。

大学時代:ありふれた2年間と人生の転機

 

晴れて、地方の田舎から東京(神奈川)の大学に入学。
そこから、バイトと授業と飲みの毎日。

 

友達には恵まれましたが、
目標もやりたいこともない悶々とした毎日を過ごしていました。

 

毎日バイトざんまいでぐったりして、授業もろくに受けず、「あーだりー」と少しやさぐれてました。
(最低な息子です。両親に謝りたいです。)

 

そんな中、大学2年時にアメリカのロサンゼルスに大学の友人と2人で遊びに行ったのが、全ての始まり。

 

旅行先でロサンゼルス近郊に留学していた友人の友人に会いに行きました。

 

その友人は日本人でしたが、現地でアメリカ人とルームシェアしながら、
現地の大学に通っていました。
もちろん日常会話は「英語」で。

 

当時の僕にとっては、その状況がとんでもないと衝撃を受けました!

 

「日本人なのに理解不能な言語を
 現地の方と意思疎通しながら、生活している。
 しかも海と自然に囲まれた
 ストレスフリーな環境で。」

 

そこから人生で初めて「自分からしたいこと」が見つかりました。

 

それが、


英語を話せるようになって、

自然に囲まれながら、
現地ネイティブ人と
自由快適な生活したい

 

でした。

今思えば、動機が単純だったかもしれません。
でも、きっかけがなんであれ、当時の僕にとってはそれが全てでした。

 

そのきっかけをくれた友人と友人の友人には感謝です。

 

留学時代:人生で1番「生きている」実感

 

アメリカに行った翌年、カナダのトロントに半年、私費語学留学。

 

大学は休学せず、年の前半は授業を入れずに、後半で取り返すカリキュラムを組みました。

 

当時、結構親の反対もありました。
でも、どうしても今の環境を変えたかった僕は、TOEICの点数を200点あげることを条件にしぶしぶカナダ行きを許してもらいました。

 

でも、英会話の練習は全くせずに行ったので、最初の数週間は地獄。

 

先生やクラスルームの言っていることが理解できず、こちらは何も話せないので、友達ができないとても辛い状況でした。

 

最初は、毎日近くの図書館で塞ぎ込む有様。。

 

悩みに悩んだ結果、ようやく人生で初めて自分から独学しました。

 

英語を話せるように海外ドラマを見ながら、ひたすらシャドーイングしたり、
授業も初めて主体的に受けました。

 

英語を話せないとヤバイ状況に追い込まれたおかげで、必死になって勉強しました。

 

そして友達がなんとかでき、彼らと毎日過ごすことで、多少は英語で雑談程度はできるようになって、日本に帰国することができました。

 

TOELCも「380」から「620点」までスコアをあげることができました。
(そんなにいばれるスコアではありませんが、、)

 

カナダでの半年間の生活は、初めての経験の連続で、毎日が忘れらない思い出になりました。
この経験は今でも自分の財産です。


その翌年もオーストラリアのメルボルンにワーホリで8ヶ月。

 

その他にも東南アジアに数週間バックパックに行ったり、
いろんな世界があるんだなーと自分なりに肌で感じてきました。

 

その頃には、

 


自分の住んでいた世界がどれだけ
小さいものだったか
身にしみて実感していました。

 

現在のオーストラリア人の妻との出会い

 

もう1つの人生の転機は今の妻との出会いでした。

 

メルボルンでできた友達が日本にちょうどワーホリしに来ているところに
その今の僕の妻も遊びにメルボルンから日本に来ました。

 

その先も偶然の連続で、お付き合いする事になり、日本で結婚するにまで至りました

 

正直、日本では全然モテなかった僕なんかを好きになってくれて、生涯を共にしてもいいと思ってくれる人がいる、、
「世界は広すぎる」とその広さと出会いに感謝しました。

 

そして「自分のしたいことを貫いた」おかげで、かけがえのない友人と思い出、
大事な妻と出会えることができたんです。

 

社会人時代:人の評価を気にする毎日

 

オーストラリアから帰国後に普通に就活してメーカーに就職して、現在5年目。

 

この5年間、ずっと社内と社外のお客さんの自分への評価を気にする毎日を送ってきました。

 

気付いたら、毎日仕事のことばかり気にして、重要な「今」を生きていない自分がいました。

 

「毎日、モヤモヤ何かに怯えながら生きる生活は嫌だ」と決心し、オーストラリアへの移住をすることに決めました。

 

先日、ようやくオーストラリアのサブ配偶者ビザをゲット。


なんだかんだで8年前に描いていた


英語を話せるようになって、

自然に囲まれながら、
現地ネイティブと
自由快適な生活したい


が現実になるあと一歩まできています。

 

現在の重要部分は、「自由快適な生活」ですが、
よく、ここまできたなーとしみじみ。

 

これからの未来に向けて

 

僕は元々、(今も)本当にお豆腐メンタルで心配性で怠け者です。

 

そんな僕でも、この移住に踏み出せたのは全て、今まで経験してきたことのおかげ

 

「英語」を通じて、世界中のいろんな人と交流し、いろんな場所を見てきたから、「この日本だけが住む場所じゃなくていいんだ!」と思えたのです。

 

それには少しの「きっかけ」と「経験」が必要なのかもしれません。


なので、このブログでは、そういった皆さんの「きっかけ」と「経験」のサポートをしていきます。

 

例えば、


・現在日本で働いているが、自分と同じく窮屈な毎日を送っている方。


・今から海外へいこうと考えているが不安がある・迷っている方。

・将来、ストレスフリーな自由な生活を送りたいと思っている方。

 

など中心に、いろいろな方に向けて、


・「英会話ノウハウ」
・「留学・海外での生活や旅模様」
・「国際結婚・生活」
・「日常思ったこといろいろ」
・「日本→オーストラリア移住」

 

などを発信していけたらなーと思ってます。

 

こんな僕の経験や現在の環境があるからこそ、できることがあるのではないかと、皆さんへ少しでもお役に立てる情報を共有していきたいと思います。

 

そして「自由でのんびりとした穏やかな生活」を送れるように、皆さんの背中を少しでも押したり、押してもらったりができればなーと思ってます。

 

ここまで一読いただき
ありがとうございます。
どうぞよろしくお願いします。

 

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